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偶数次高調波歪み
僕が覚えている最古の音体験はポータブルレコードプレーヤーで
聴いた70年代のアメリカンロックであったと思う。

いつの頃だったのか定かではないが、子供の頃、頻繁に母方の実家に
遊びに行っていた。
その頃、高校生か大学生であった叔母(母の妹)の部屋に忍び込み、
たしか、赤いプラスティックのポータブルプレーヤーだったと思うが
そのプレーヤーでドーナツ盤のレコードをアージャナイ、コージャナイと
何とかプレーさせて、踊っていたことを覚えている。
何のレコードかは覚えていない。
おそらく、ビートルズとかビージーズとかそんなんだったと思う。
見つかるとそれは大変な目にあった。
叔母はどっちかと言えば外向的で力強いひとだったから
それでも僕はそのスリルとロックを求め犯行を繰り返した。

あのレコードプレーヤーはおそらくトランジスターアンプ内蔵であったと
思うがあのチープな音はなかなか心地よい音として僕の記憶に刻まれ、
今でも一つの価値観として健在している。
たまに60年代や70年代のロックのレコードをそういったプレーヤー
で聴くことがある。今の最新の機器みたいにクリアーで鮮明な音ではないが
野暮ったく、ノイズ混じりのその音は、聴いていても疲れることなく、
ユルい感じで生活空間に溶け込んでいる。

「空間に溶け込む」と言えば、
僕が20歳そこそこの頃、相模大野に「喫茶 LP」という店があった。
メガネをかけた物静かな小さいお爺さんがその店のマスターで、
店の扉を開けると5,6人座れるカウンターがあるのだがやたらと荷物が
あって座れる状態ではない。
客室は左側の壁にある扉の向こうで、扉を開くと2人席が2セットあり、
いたる所にスポンジや白い布が張ってあったり、ブラ下がっていたりしている。

粗末なイスに粗末なガラステーブル、ヨロヨロと今にも倒れてしまいそうな感じ
のマスターがトレーにコップ一杯の水とメニューを載せてテーブルにくる。

「何にしましょう?」

何にしましょう?と尋ねられても店にはコーヒーと紅茶とトーストセット
(トーストにコーヒーか紅茶のいずれかが付く)しか無い。
目の前の分厚いメニューには何百曲のクラシックレコードのタイトルが
記載されている。僕はクラシックの知識などに皆無に等しいので、いつも
その日の気分で聴きたい音のイメージをマスターに伝える。
何せベートベンだけでも5ページはあるのだ。同じ曲でも演奏者や指揮者が
異なるバージョンがいくつもある。

「激しくもあり、静かなでもあるドラマティックな音。」

マスターはうむ。と頷きそそくさとレコード部屋に行く。
レコード部屋と客室の間の壁には小さな小窓があり、向こう側の様子が
うかがえるようになっていた。
3畳くらいの部屋を囲むようにレコード棚が陳列され、すごい数のレコードの
コレクションが並ぶ。レコードプレーヤーはなんだか物々しい代物で、
その隣のラックにはおそらく手製の真空管アンプが妖しい光を灯している。
それは、なにやら恐ろしいモンスターがそのラックに卵を産みつけて、今まさに
孵化しようとしているようにも見える。

プレーヤーの針をレコードに落とすと何処からともなく音が溢れてきて、
たちまちに部屋が音で満ちる。
確かに音を発しているであろうタンノイの巨大なスピーカーは目の前にあるのだが
目をつむると音の流れのようなモノが全く読めない。
音はそこに在るのだ。
そして、そこはすでに2席2セットのちっぽけな客室ではなく、無限の広がりを持つ
宇宙であったり、自然の中であったり、人の心の中だったりする。

何度か通って僕の顔を覚えてくれるといつかマスターが語ってくれた。

「音は厄介な生き物だから、物に吸われたり、壊されたりしてしまう。これだけの音響
空間にする為には苦労したよ。」

10年くらい前に久しぶりに訪れると、店は区画整理の為無くなっていた。
残念なことだ。

僕の店でも60年代、70年代のポータブルレコードプレーヤーや真空管アンプステレオ
などをたまに扱ったりする。
大抵、そういった物を目の当たりにしても、電源が入らなかったり、
何処かしらに欠陥があるものが多い。
僕は電気系統は苦手なのでなるべく完動品の物だけを仕入れて、店に並べるのだが、
今の若い人たちはそれが何なのかわからなかったりする。
彼らが認知しているレコードプレーヤーや音響機器とは見た目が異なるからであろう。
音を出してあげるとその音に眉をひそめながら頷いたりする。
真空管アンプの物などは感動がことさららしく
「いい音ですね。」と衝動買いに走ったりする。

「一部の愛好家が真空管を用いたアンプの音を「よい」と感じる原因には諸説ある。
その中でかつて最も有力だった説は、真空管が倍音(高調波歪み)の奇数倍の周波数
である「奇数次高調波歪み」を低減するという主張である。
その主張によると、奇数次高調波歪みが減った結果、相対的に偶数倍の周波数の
「偶数次高調波歪み」が増える。偶数次高調波歪みは楽器や自然界の音に多く含まれる
周波数で、その偶数次高調波歪みが多いと、音は人の耳には自然に、
あるいは生々しく聞こえる。」

というのが我らがウィキの真空管の項に書かれている説明だがなんだかよくわからない。

とにかく、新装されたATPの音響は真空管アンプステレオを3台とボーズのスピーカーで
基本セットしている。
偶数次高調波歪みというヤツを体感しにきてください。

p.s.

お待たせしていてすみません。新装店のカフェの営業ですが諸事情により、来年1月から
の営業スタートとなります。
新装店の販売の方は行っているので遊びに来てください。
by interestingman | 2010-10-31 15:36
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by interestingman