<   2014年 03月 ( 1 )   > この月の画像一覧
野菜ルームの冒険
腹が減っていた。
僕はこの空腹を見過ごすことができるのか?
いや、それはしっかりとカタをつけなくてはイケない類の空腹だった。

と思いつつも僕はベットの上で完全に布団に包まれていた。
布団から這い出て、寝室から出てしまえば、冷えた空間が待っていた。
布団の中から布団の外、寝室からリビング、リビングから台所、恐らく
5℃から8℃づつくらいは次第に温度が失われ、しっかりと体感できる寒さ
が保証されていた。我が家は古い平屋なのだがその通気性ではこの地域じゃ
トップクラスの高い通気性を備えていた。

僕や家族(妻、息子、娘)が目を覚ました状態での生命活動をこの家で行っていたのは
何時間前の事か、たぶん4,5時間は経過していた。生活に伴い発生する熱は
おそらくあとかたもなく失われているでであろう。

しかし僕は何としてもカタをつけなくてはイケないレベルの空腹を抱えていた。

ネガティブに事を考えていても仕方がない。すでに僕の自律神経は副交感神経から
交換神経へと切り替えられ、腹を満たさなければ寝れない状態であった。
僕は布団から出るとチェストから靴下を取り出し(暗闇だった為、色や柄は不明)
それを履き、グリーンのパーカーを羽織り、寝室を後にした。

リビングルームは六畳程度の広さがあり、本棚、鏡、テレビ、テレビ台、ソファ、
サイドテーブルとその他雑貨で構成されている。
そのリビングルームを通り台所へ向かうのだが、その時、仄かな違和感を感じた。
リビングルームを通り過ぎる5メートルばかり、時間にすると3秒くらいかの間に
僕はその違和感を感じた。しかし僕はその違和感をリビングに残したまま台所へと
向かった。台所は4畳から五畳の広さで冷蔵庫、食器棚X2、ゴミ箱、丸いダイニング
テーブル、イスX3、子供イス他雑貨、家電などで構成されている。

この空腹を何で満たせば良いのか?

選択肢はおそらく限られている。どんな食べ物があるのか僕は漁り始めた。
はじめに、大きめの緑のトートバッグが入口の扉の枠上部に付けられたフックに下がって
いるのだがその中に菓子類、パンなどが入っている。
トートバッグの2つある持ち手の一つだけフックから外すと僕は片手をバッグの中に入れる。
背のびまではいかないにしてもバッグの底まで手を伸ばすには姿勢をシャンとしなくて
はいけない程度の高さにバッグは備え付けられている。
間口から視線をおとすこともできない。まさに手さぐりだ。
子供の手に届かないように意図的に設置されたいえ、多少のいらだちは生まれる。
とはいえそのいら立ちの大きさはバッグの底で手に触れた湿気たキャラメルコーン一個
くらいの大きさのモノで大したモノではない。
バッグの中にはその他(キャラメルコーン一個意外)、子供用の菓子パンや湿気ているであろう
煎餅があるくらいで食べたいと思えるようなモノは無かった。

食器棚の下部の棚にも極稀にインスタントラーメンや乾物系のモノがあるが直感的に
ないと判断しダイレクトに冷蔵庫へと向かった。

冷蔵庫を開けると冷蔵庫の庫内灯の明かりが台所を照らした。ロバート・クラムあたりが
その様子を描写したら僕の目は完全に瞳孔が開き、口からは涎が垂れ、僕の影は巨大な
ネズミのような形でキッチン内に広がっているに違いない。

冷蔵庫の中には気の利いたモノは無かった。もともと妻はアレコレ買い置きするような
人間ではないがこれほどまでに淋しいのものかと疑うレベルの状態であった。
うなだれた僕はそれでもと冷蔵庫の下部にある野菜ルームの扉を開けた。

すると、そこには長ネギや人参のかわりに深い暗闇があった。
僕はその暗闇を凝視した。
暗闇は深く、奥行きがあるように見えた。
意外にも僕には焦りはなく、むしろその暗闇は僕が抱えている空腹感を満たす筋道
なのではないかと思った。
とりあえず僕は片足を野菜ルームに入れると足の裏の着地感も感じないまま、
もう片方の足も入れた。

野菜ルームに入ってしまうと、やはりそこは暗闇であった。
着地感もなく、浮遊しているようだが、安定はしていた。
ふと、入った入口を見上げると薄暗いながらも野菜ルームから野菜達が見てるであろう
景色が広がっていた。
僕はなんとなく手を伸ばすと身体が持ち上がり、スルっと野菜ルームの外に出た。
また、僕は冷蔵庫の前にいたのだが、何か様子がおかしい。
その冷蔵庫は我が家の冷蔵庫ではなかった。
庫内灯に照らされている台所も我が家の台所ではない。
でも、なんだか知っている…。

そこは今は亡き父方の祖母の家の台所であった。

祖母も祖父も亡くなり、台所はおろか家も今ではないのに僕はそこにいた。

現代の我が家の冷蔵庫の野菜ルームから30年前の祖母の家の冷蔵庫の野菜ルームへと
テレポーテーションまたはタイムトリップしたということであった。

懐かしいニオイがした。幼少の頃、兄と頻繁に泊りにきたことがあった。
ひとけは無く、懐かしいその台所だけがそこにはあった。

僕は遠い記憶を頼りに気の利いた食べ物がないかと漁り始めた。
何かと人間関係の多い祖母の台所にはギフトで貰ったような、クッキーや缶積などが
大量にあった。
その台所の中央には大きなダイニングテーブルがあり、お勝手の玄関、
システムキッチン、作り付けの食器棚が囲む。大抵、その棚の前に無造作にギフトが
積まれていた。
僕はそこへ行き、何かないかと見ていたのだが何となく賞味期限が気になり始め、ギフト
関係に手を出す事をあきらめる。仕方なく、また冷蔵庫の前に立ちその中のモノを見るが
我が家の冷蔵庫とは打って変わった品揃えの食材にも賞味期限が気になり、僕はとうとう
野菜ルームを開けて、祖母の台所を後にすることにした。

祖母の台所の冷蔵庫の野菜ルームから次に僕が辿り着いたのは20代の時に付き合ってい
たある女の娘のアパートの台所であった。
その台所のシンク周りの壁には赤いタイルが貼ってあって、それが印象的ですぐに僕は
ピンときた。半同棲みたいなことをしていたその家の台所はかなり把握していた。
その頃、僕はそーとーのダメ人間で彼女より僕の方が台所に立ち、食事を作りながら仕事
から帰る彼女を待ったいたものだった。

今は真面目な旦那さんと二人だか三人の子供達と幸せに暮らしているという噂を数年前に
聞いた。

ぼーっと懐かしさに台所を眺めながら立っていたのだが、開けっ放しの冷蔵庫の扉のセン
サーが鳴りだすのではないかと急に焦りだし、それが鳴ったらモザイクガラスの入ったあ
の引き戸の向こうの部屋で眠る彼女が起きだすのではないかと心配になった。
僕は急いで冷蔵庫の中を見ると、1カップのプリンを見つけ、とっさにそれを掴み、野菜
ルームへと飛び込んだ。

野菜ルームから出るとそこは我が家の台所だった。
僕はデザートスプーンを取り出し、プリンのアルミ製蓋を容器から剥がした。
はたして僕が空腹を満たす為に望んでいたものがプリンであったのか疑問では
あったが、手にしていた物はプリンではあった。

すくいあげたプリンはプリン特有の弾力性をしっかりと保有してるかの如く揺れていた。
それを口の中に入れてしまい、目を瞑り、その味が口内または脳に伝達するのを僕は待っ
た。しかしながら、それはいつまで経っても伝わってはこなかった。
もう、一度すくい上げ、口の中に入れても同じ事で、そのプリンは完全に味を失っていた。
または、問題は僕の舌にあったかもしれない。
どっちにしても口の中に入ったプリンは視覚で確認されたハズの弾力性もなく、瑞々しさ
もなく、まるで砂のような感触で僕のノドをぶっきら棒に通って行った。

そして、僕は唐突にある事に気が付いた。
僕は夢の中にいるのだ。全ては夢の中の出来事なのだ。

僕は自分の意思で目覚める事もできたが、夢を見続けることもできた。

そして、あいかわらず、プリンには味はなかった。

目覚めると、僕はそんなに空腹ではなかった。
そのまま布団に包まれて次なる舞台を観賞する手もあったが、僕は夢の通り靴下を履き、
グリーンのパーカーを羽織ると台所に向かった。
冷蔵庫を開くと一カップのプリンがあった。それを手に取り、蓋を剥がしデザートスプー
ンですくい上げると口の中に入れた。今回は味が感じられた。

プリンを食べながら僕は長野県の飯綱に伝わる「天狗の麦飯」のことを考えた。

飯綱山の由来とも言われるその「飯の砂」は菌類と藻類と複合体の小さな塊で、霊山と
して名高い飯綱山に深山幽谷難行苦行を積む修験者の常食として用いられた「砂」?で
あり僕は深い山奥で月光に照らされながら手のひらにのった無味無臭の砂を喰らうみすぼ
らしい風体の修験者のことを思った。

そして、口の中に入れられたプリンの味に満足したのでした。
[PR]
by interestingman | 2014-03-09 14:15



覚書き
by interestingman
カテゴリ
以前の記事
2016年 02月
2015年 08月
2014年 12月
2014年 06月
2014年 03月
2013年 12月
2013年 10月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧