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「紙」
古道具屋などをやっていると往々にしてよく問われる質問がある。

「やっぱり、あれですか?物が好きなんですか?」とか
「自宅はいろんなコレクションでいっぱいですか?」などなど・・・

確かにこの業界には好きが昂じて業者になったようなコレクターやマニア
もたくさんいる。
最近ではネットオークションやフリーマケットなどで手軽に物の売買が可能になったし、
あらゆる物の相場がパソコンなどで調べられる。
うまくタイミングが合えば相場の価格以下で物を買うことができるし、以上で売ることも
できるのだ。その楽しさを知っってしまい、仕入れという名目で物を馬鹿買いをし、
売ることもできず身を崩した人を僕はこれまでにたくさん見てきた。
要は好きな物には情が入ってしまうし、売ることができなくなるのだ。

僕の店には僕自身が好きな物で溢れているが、僕は自分と物との間にけじめを
つけている。僕と物との関係はお客さんに買ってもらってようやく「完結」する間柄なのだ。

確かに、掘り出し物を手にした時の喜びには中毒性のある興奮を感じるし、
それを持ち帰り、手入れをしながら、その出来の良さや希少性に関心しながら
物をきれいに仕上げていくとある種の情も湧いてくる。
しかし、それを自分が所有してしまっては、その物の存在価値が無くなっていまうような
気がするし、その物が保持する物語が終わってしまうような気がしてしまうのだ。

僕が言う、物が保持する物語とは言わば「縁」であり、僕はこれまでに物にまつわる不思議な
縁にたくさん遇ってきた。

物はある種の縁で僕の手に渡り、またある種の縁でお客さんの手に渡るわけだが,
そのある種の縁を感じてしまうと、僕は何かしらの不思議なチカラを感じ、
深い満足感を得られる。

あるいは、そんな僕は普通のコレクターやマニアよりもっと性質が悪いかもしれないが、
おかげさまで何とか商売をしている。

しかしながら、僕にもこれだけには弱いという物がある。
それは「紙」だ。

小学校2年生の時、オヤジに連れられて新宿の歌舞伎町だか何処か忘れたが、
シルベスター・スタローンの「ランボー」を観に行った。
なんたって僕は小学校2年生なワケで、英語だって、ベトナム戦争だって分からないし
そもそも、字を読むことすらままならないのにサブタイトルなど読めるワケが無く。
主人公ランボーが無理やり警察に補導され、裸にされ、かなり噴出強度のある放水ホースで
水をかけられるシーンで並々ならぬ恐怖を感じ、警察に追われ崖から飛び降り、
自分の身を木に絡ませつつ地上に不時着するのだが、それに伴い負ってしまった
切りキズ(かなりパックリいっていた)を自分で縫うシーンは間違いなくトラウマで、
今でも僕の中でタフな男の象徴として背負わされいる。

映画を観終わって放心状態の僕にオヤジはパンフレットを購入してくれたのだが、
映画関連グッズのコーナーにジャッキー・チェンの映画チラシセットなるものがあり
それもついでに催促した。

家に帰ると、僕は「ランボー」の映画パンフより、ジャッキーの映画チラシに夢中で、
僕の幼少期のアイドル,ジャッキーのこれまで観た映画のチラシを文字通り、
穴が開くまで眺めていた。

それがきっかけで、当時、土曜の夕刊新聞のテレビ欄の下に記載される映画のチラシを
ハサミで切り取り、集めるようになり、小学校4年生の時には町田にある映画のチラシ専門店
でチラシを買い集めるという趣味を持つようになった。
中学に入学するまでには何百枚というチラシのコレクションを持っていたが、
古本屋に出入りするようになると、古いマンガ本にも手を出し始めた。

コレクションをしていると映画のチラシもマンガも、関わる人物や内容もあるのだが、
表紙のデザインに自分の嗜好の傾向が見られるようになった。
いわゆるジャケ買いのように、感を働かせ、自分がいいと思ったものもずいぶん集めた。

そして、気が付けば古道具屋になっていた。

業者になってからも「紙」の収集は続いた。
そんな精力的に収集はしなかったが、目の前に自分の好む「紙」が出されれば、
無理せずに購入した。
古道具屋と古本屋の業界は基本的には異なるので、比較的安価で入手することができた。
家具の造りには興味があっても、インクの染み込まれ具合に興味を持つ古道具屋は
少ないのだ。
お隣さんみたいなものだから古本屋の知人などもできたし、いろんな情報も得て、
「紙」に関する知識も得ていった。

そして、そろそろ「紙」に関する自分の体系を形にすることを進めつつ、
ボチボチ店にマーケットを作ろうと用意をしてる次第であります。

先日、インターネットでニュースを閲覧していると、興味のあるトピックを見つけた。

「紙の本は5年以内に消える」

途上国の子供たちにノートパソコンを配布する活動を行っている米科学者ニコラス・ネグロポン
テ氏がCNNの番組で自説を語った。

ネグロポンテなどというふざけた名前がよく世の中にあったものだが。
氏の意見もあながち間違ってはいない。
ウェブの世界はどんどん広がり、その利用者も増え、脅威的な情報世界を作り上げている。
その中でもメディアの世界の変化は大きいもので、氏の推進している電子書籍はおそらく
世の中に普及するだろう。
携帯電話の普及に伴い家電話が無くなったように、あらゆるメディアがウェブに現場を
移行させ、紙による媒体がどんどん消えてゆく。

悲しいことだが日に日にその事実を僕は感じている。
しかし、僕らは「紙」の感触を絶対に忘れることはないだろう。

小学校の教室のあのインクのニオイ。配布されるプリントはガリ版印刷でプリントされたもの
だったから教室にはインクのニオイが染みついていた。
今ではあのインクのニオイが懐かしくてたまらない。

そして、紙に印刷された絵にはパソコンのモニターでは決して表現できない美しさがある。
質感や発色の美しさ。

僕が初めて、人工着色「総天然色」の絵葉書を手にした時の不思議な感覚は今でも忘れない。
カラー印刷の技術が発展する以前、カラーの印刷物は白黒写真に着色師なる人が着色を
施し、印刷をしていた。そもそも色が映ってないわけだから着色師の想像で色付けされている
わけでそのシュールな具合ったら、カラー印刷が当たり前の昭和に生まれた僕にとって
斬新なほどの魅力があった。

ここでこれから販売する「紙」をいくつか紹介します。

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1945年から1950年に発行されたファッション雑誌
「アメリカン・モード」「アメリカン・スタイル」「アメリカン・スタイリスト」
この雑誌はアメリカの歴史学者ゴードン・W・プランゲ氏が日本がアメリカの占領下
の時代(1945年9月から1949年10月)までに日本において連合国軍総司令部
(GHQ)の検閲下、発行された歴史的重要書籍「プランゲ文庫」のリストに入るぐらい
貴重な雑誌。印刷も美しく、構成がなにしろ良い。

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大正10年高原会発行の「ポスター」上下巻
1921年以前の世界各国の優れたポスターを集めた大全。
1枚1枚印刷されたポスターは紙質や印刷方法も様々で
イラストレーションの古典的テキスト
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1972年からアメリカ大使館が発行していた情報誌
表紙がめちゃくちゃかっこいい。
芸術、文化の情報が比較的満載で読み物としても楽しめる。

まだまだたくさん「紙」あります。
ボチボチ販売してゆくのでよろしくお願いします。
by interestingman | 2010-10-22 22:12
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